2019-07-01から1ヶ月間の記事一覧

太東海浜植物群落 +

九十九里浜の南端 太東海浜植物群落があります。 以下は千葉県のサイトより転載 ****************************** 九十九里浜の南端、太東崎南側の砂丘に広がる海浜植物の群落。大正8年(1919)に制定された史蹟名勝天然紀念物保存法に基づいて、「成東・東金…

Nikon F

Nikon Fです。購入したのは1969年です。初期モデルとは随所に違いがあります。ファインダーの接眼部が長方形から正方形になって中央にネジが切られております。マークもレンズを模った中にNIPPON KOGAKU TOKYO ではなく Nikon です。初期タイプがありません…

ミニコピーフィルム

かって複写用としてミニコピー(ASA32)と言うフィルムが富士フイルム(イはィではありません。)から販売されてました。新聞記事とかをこれで撮るとコントラストが高いので良い結果となったようです。コピー機が普及する前の話です。 これを一般撮影に使…

おんじゅく いまむかし 御宿漁港(浜漁港) 1970(前後)

かっての旧堤防は本当に波を防ぐ為だけのものでした。人が辛うじて歩ける程度の幅しかありませんでした。記憶が定かではありませんので確かなことは言えませんが内側に一段低く軽トラ程度が走れるようになったのは白灯台を設置するためだったと思います。 そ…

おんじゅく いまむかし 御宿漁港(浜漁港) 1970(前後)

御宿漁港は二回に分けて築港されました。 勝浦寄りの港湾敷地です。かってはここに漁業組合がありました。 現在はフェンスで磯には行けません。

ASAHI PENTAX 6×7

Pentax6×7 初期型のマイナーチェンジバージョンです。120/220の切り替えノブが傘型ギヤのような形状からマイナスネジのような形状に変わりました。そののちミラーアップ機能などが追加されました。見てのとおり135SLRを大きくした形状です。重量以外は殆ど…

おんじゅく いまむかし 御宿漁港(浜漁港) 1970(前後)

港の出入り口です。防波堤の先端(陸側から視て左)には木製の電柱の上に赤灯がひとつあるだけでした。撮影場所から振り返ると道路を挟んだ小山の中腹に△の赤灯があります。夜間は防波堤の先の赤灯と△が上下に一直線になった位置が入港の目印となります。御…

おんじゅく いまむかし 御宿漁港(浜漁港) 1970(前後)

漁港中央にある燃料用の軽油タンクです。設置された当初はブロック塀はありませんでした。その後手前に小屋(制御室)が建てられました。 供給は丸善石油でした。この画を見て「Oh!モーレツ!!」小川ローザを思い出した方は紛れもなく爺婆でしょうね。

おんじゅく いまむかし 御宿漁港(浜漁港) 1970(前後)

数年前に事務機能のすべてが岩和田漁港に統一されました。現在この建物の中に人の姿を見かけることはまずありません。 当時の漁港周辺の画がけっこうたくさんたくさん見つかりましたので何回かに分けて掲載いたします。

MAMIYA SIX

左 Ⅳ型(1947) 右 ⅣS型(1957) と思われます。 裏蓋を開けるとフィルム圧板がスライドして取り外せます。 たたむとKなりコンパクトになります。 このほかにまだ数種のスプリングカメラを所持しております。が、掲載は次の機会に。 カメラ レンズ 写真用品W…

おんじゅく いま むかし

今から50年以上も前の話です。 浜の漁港から岩和田に向かって砂浜を歩いて行くと....。鉄筋コンクリート製の小さな二階家が砂丘の上に見えました。(当時の御宿海岸は木造の建物だけでホテル・マンションなど一棟も無い時代でした。)白く塗られたそれは子供…

マミヤ RB67ProS

1970年発売の RB67です。Pentax6×7が35mmSLRを巨大化したタイプでしたがこれはブロニカ・ローライ・ハッセルと同様なオーソドックスな形状です。 ピント合わせは左右にあるノブを回して合焦するラック&ピニオン式。蛇腹を採用しているので近接撮影にかなり…

海開き

本日は御宿の海開きだったようです。天候によることもありましょうがパッといたしません。 海水浴が夏のメインイベントだったのはすでに過去のことです。写真は「ウォーリーを探せ」ではありません。1970年代(昭和50年前後)の御宿の海水浴場です。僅か2km…

おんじゅく いまむかし

昭和58年(1983) 撮影の二又海岸への折口です。 今は見ることのできない雀島がかろうじて残っております。 海女小屋もまだ姿を留めております。上は6/3の記事に使用した同地を海側から見上げたところ。

マミヤ ユニバーサルプレス

1969年発売されたユニバーサルプレス ブラックバージョンです。マミヤプレスの最後のモデルです。スーパー23からアオリ機構を除いたものと考えれば宜しいかと。マウントは初代プレスト異なりスピゴットマウントになってます。 右側のパーツを交換することに…

マミヤプレス

後部にアオリ機能のある初代モデルかと思うのですが...?。1960年 半世紀以上前のカメラです。レンズはMAMIYA-SEKOR 90mm F3.5 取り外しのできるフィルムマガジン 巻き上げはノブ式 背面にある小窓は120フィルムの裏紙に記してある駒数を直接読み取るもの。 …

MAMIYA FLEX

ブロニカが好評だったので.....。 義父の形見(生前贈与) MAMIYA FLEX C プロフェッショナル です。レンズ交換ができる二眼レフの最初のモデルです。このあとC2 C3 最終モデルは C330だったと思います。初代モデルは1956年発売 ピント合わせ用のノブが右手…

おんじゅく いまむかし

昭和44年(1969)の撮影です。国道128号線 駅から海に向かった交差点(銀行のあるところ)と小学校の歩道橋の間で撮りました。

ゼンザブロニカS2 4

シャッターが切れるかどうか試してみます。 → のレバーを固定して → のクランクを回せば シャッターがチャージされて落とせるのですが...。クランクを回すと→ が小さすぎて指ではとても固定できません。と言ってペンチの様な道具を使うと傷がつきそうです。S…

ゼンザブロニカS2 3

ファインダーを覗くとスクリーンに黒い点が多数。無水アルコールで+シルボン紙で拭うが変化無し。レンズを取り外しミラーボックス内から焦点面を拭うがこれも同様。スクリーンを外す。フレネルレンズと摺りガラスを金具で押さえている。この金具にモルトプレ…

ゼンザブロニカS2 2

ブロニカをいくつかのパーツに分けてみました。システムカメラと言うカテゴリーに属するカメラですから特別な工具を必要とせずにこれくらいには分解できます。フィルムマガジンの遮光蓋が付いて無かったのでマガジンはそのままです。(RB67の遮光蓋が代用に…

ゼンザブロニカS2

知人から叔父の形見だという Zenza Bronica S2 を預かりました。まず状態チェック 保存状態は...芳しいとは言えません。昭和40年(1965)発売 すでに50年経っていることを考慮すればまあまあかなとも思えますが。 使用フィルムは 120 または 220 撮影画面は6…

自作FILMスキャナー135 6

完成です。このシステムをライトボックスの上に置いて撮影いたします。 ネガフィルムをスキャンしてみました。ノートリミングです。周囲に若干余裕があります。撮影時に多少の傾きとかがありますのでこれくらい余裕がある方が宜しいと思います。ES-1を使用す…